10年ぶりの

つけっぱなしのテレビからは、天気予報士の声が聞こえてきた。

「今季最大の寒波が日本列島を覆い・・・」

「奄美大島でも、実に115年ぶりに雪を観測しました」

寒いはずだ。東京でも大雪こそ降らないものの、空気は張りつめた弦のように痛い。予定のない日曜日ではあったけど、オートバイを走らせるには寒すぎた。

ガレージに座ってWRのフロントフォークを見る。インナーチューブに伝うオイルの一筋を見て、ようやく僕は重い腰を上げた。WRのサスペンションをOHに出そう。正直にいえば乗りっぱなしだったのだから、いよいよという思いだ。OH自体はプロにお願いする。僕はなにをするかというと、前後ともバラして梱包して、低頭平身の思いで宅配便に出す。なにしろ重い。梱包や運搬も大仕事だ。OHを頼んでる間に、これまたほったらかしだったリンク周りをグリスアップする。これは自分でする。気がつけばWRも10年を過ぎた。もっと早くやるべきだと言われたら、返す言葉が見つからない。

テレビからは大相撲。そうか、今日は大関琴奨菊が、日本人力士として10年ぶりに優勝するかという大一番だ。にわかに盛り上がる千秋楽。

家族は所用で数日留守にしていた。多少道具を広げたところで問題ない。ある程度、日曜日の道筋が見えてきた。そうと決まれば作業開始。WRをガレージの、なるべく邪魔にならず、かつ作業スペースの確保できる場所でジャッキアップする。とはいえ場所は限られる。前後タイヤとフォーク、サスペンションが無くなるのだ。外したあとは移動できない。タイヤ付きのジャッキならまだしも、手持ちのジャッキにタイヤは無い。残された車体は俎上の魚であるうえに、きっと、おそろしくバランスが悪いにちがいない。エンジンを支点にした、やじろべえみたいなものだろう。

まずはリアから始める。外装を外しアクスルシャフト、スイングアーム、リンク周りなどのボルトをパキパキと緩めていく。タイヤを外してしまうとトルクがかけられないので、ひたすらボルトだけを緩めていく。スイングアームシャフトを抜くのにブレーキペダルが当たる。これも撤去。チェーンローラーも邪魔なのでとっぱらう。ひととおりボルトを緩めたら、タイヤ、スイングアーム、リンクの順に外し、本丸のサスペンションを引っこ抜く。順番やボルトの向きを忘れないよう、並べて写真を撮る。文字に書けばあっという間だけど、なかなか骨が折れる。



スイングアームシャフトはやっぱりグリス切れ。錆も少し出てるけど、思ったよりマシかも。
リンクはとりあえず分解だけして、洗浄とグリスアップは後日に。サスのバンプラバーはひび割れ。軽く掃除してあとはプロに任せてリフレッシュしてもらう。

続きましてフロント。これはタイヤ外してフォークを抜くだけなので簡単、のはず。タイヤ、ブレーキキャリパーを外してボルトを緩め、フォークを下から抜く。抜く。く、く、くお。

抜けたとたんに重量バランスが著しく狂う。48パイの倒立フォークは想像以上に重い。車体がぐらりと傾く。慌てて車両を抱きかかえるように保持。両者がっぷりよつ。見合った、見合った。素早く体勢を変えて、もろ差しからしばしのこう着状態。どちらが先に仕掛けるか。やるか、やられるか。やられては困る。

「のぉこったーのぉこったー」画面の向こうで式守伊之助がさばく。もう一方のフォークにするどく下手を差し込む。抜いたー抜いたーもう一本も抜いたー。にじり寄ったー押っつけた、押っつけた。寄り切るか、寄り切るか、寄り切ったらアカン。乗せたー乗せたーバランスー。ふぅ。

バランスの悪いWRを、タイダウンで固定して勝負あり。テレビに向かって「心」と手刀を切る。めでたく琴奨菊は、10年ぶりの日本人優勝力士となった。僕のWRは10年ぶりにリフレッシュされる。

 

カテゴリー: WR

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