シンプル伊豆ベスト

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暖かくなると、伊豆に足が向く。
伊豆は日帰りで行くには少し距離があるが、温泉や海の幸も豊富で、タオルひとつ持って出かけたくなる。最近はオフロードバイクで土の上ばかり走っていたから、久しぶりにハーレーを出して、春の伊豆半島をのんびりクルージング。エンジンでかいとやっぱり楽だ。

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朝5時半に目覚ましをかけたものの、くじけて二度寝。6時になって布団から無理やり体を引きはがす。昨夜の雨もあがって絶好のツーリング日和である。だけど空気はひんやりと冷たい。寒の戻り。これは今日寒くなるなと思い、冬の装備くらい着込む。

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最近僕がどうにも気になっていたのが、河津の「わさび丼」なのである。
またぞろ、『孤独のグルメ』(扶桑社文庫)を持ち出して何だけど、主人公の井之頭五郎が旨すぎて同じものを二回頼んだという伝説の回。それが「わさび園 かどや」のわさび丼なのだった。

五郎は劇中でこう語る「こういうシンプルなものに、結局は行き着くんだろうな」と。
丼に限らず、余分を削ぎ落としたシンプルは良しとされる傾向にある。「ファッションは引き算よ」というお洒落達人の弁も頷けるし、そのことにおいて異論はない。個人的にもシンプルな生き方をしたいと思う。
しかし、闇雲にシンプルが良いとされ過ぎてはいないか。デザインの世界においても、余白が多ければ良いというものでもなかろう。シンプルはアプローチのひとつに過ぎない。

米の上に鰹節を敷き、真ん中にはおろしたてのワサビ。以上。究極のシンプル丼だ。削ぎ落とし方を間違えてはいないのか、是非とも確認する必要がある。それで、首都高西神田から乗り込み、眠気と戦いながら東名高速、新東名とつなぎ一路河津に向けてバイクを走らせた。

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河津七滝のループ橋を下って、七滝温泉方面へ曲がる。細く長い温泉街を抜けると、やがてかどやの文字が目に入る。駐車場にバイクを停めいざ入店。店内はほぼ満席で、いまだ根強い人気なのがわかる。ちょうど食事を終えた一席が空いて、四人掛けのテーブルに一人通された。ざっと店内を見回すと、誰も彼も腕をぐるぐるしてわさびを擦っているのが可笑しい。

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愛想のいい妙齢のおばさま(もしくは歳目のお嬢様)がお冷を持ってきてくれ、「決まったら言ってくださいね」と下がりかける。すかさず右手を上げ(ゴロースタイル)「すいません」と制す。

注文はすでに決まっている。相手がシンプルならこちらもシンプルだ。
「わさび丼をひとつ、お願いします」
「はい、わさび丼ですね」
他はなにもいりません。

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穫れたてのわさび一株と、鮫皮おろしの「長次郎」がまず運ばれてくる。
「茎を取って、そこから下を全部すりおろして下さいね。まーるくね、全部すった方が美味しいから」と丁寧に教えてくれる。

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周りの人と同じように、早速長次郎にわさびを擦り付ける。ごりごり、ごりごり、ごりごり。これを一株全てすりおろすのは、なかなか骨の折れる作業である。鮫皮はきめ細かい分、大根おろしほどの攻撃力がない。ごりごり、ごりごり、ごりごり。にわかに爽やかな香りが立ち上ってくる。

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そろそろすり終わるタイミングを見計らって、丼がお盆に乗ってやってくる。
まごうことなき猫まんま、鰹節丼だ。それに醤油と漬物が4品のみのシンプルさ。味噌汁すらない潔さが逆に気持ちよい。

「わさびを真ん中に乗せて、醤油がかからないようにまーるくね、ご飯に垂らして少しずつわさびを混ぜて食べて下さいね」

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いまどきの、きめ細かい淡雪のような高級かき氷は、勢い込んで食べても頭がキーンとならないという。僕のわさび丼のイメージはまさしくそれで、新鮮な擦りたてのわさびは、爽やかに吹き抜ける風のようなもの。ツーンと突き上げるような辛さは無いと思っていた。

わさびを混ぜて一口目を頬ばる。

ブフォッ!あ、あぶね。普通に辛い。鼻に突き抜ける突風。そよ風なんて生易しいものではない。鼻の穴全開にして排気を逃す。
しかし、確かに美味い。香りがまるで違う。辛い、美味い、辛い、美味い。分量を違えるとかなりくる。二口目、三口目、醤油を追加して四口目をかきこむ。漬物の小休止が実にいい。海苔の佃煮が浮き足立った舌を落ち着かせる。爽やか、春にこれをいただくのは間違いなく正解。

一気に平らげる。美味かった。
しかし、どうしても僕の中に拭えない一言が浮かんで、それはもう、疑いようのない渇望なのであった。

 

「ああ、刺身がほしい」

 

僕はまだ、いろいろと削ぎ落とせない弱い人間なのだと思う。ごちそうさまと言って店を出る。

 

帰り道、「峰温泉大墳湯公園」の表示を見つけて寄ってみる。
一度大墳泉というものを見てみたかった。入口に「次の墳湯は13時30分です」と書いてある。15分後、これはいい。少し待って見ていこう。

説明書きなどを読むと、かつては東洋一と呼ばれた大墳湯で、大正15年、爆音と共に地上50m上空に噴き上げたという。地鳴りがするのだろうか、どんな豪傑さが見られるのか。いやが応にも期待は高まる。やがてその時がやってきた。

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「只今より、墳湯が始まります」

「フシュルシュルシュル、プシュ、プシュシュシュー・・・・」

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「しゃーーーーーーーーーーー」

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「しゃーーーーーーーーーーー」

「・・・・・」

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「ふしゅぅー(終焉)」

 

スプリンクラーかーい。

 

帰りは東伊豆の海沿いまで出て、伊豆スカイラインに乗る。箱根の山はとても寒く、着込んでいても震えながら走った。小田原から小田原厚木道路へ。そのまま東名につないで帰路に向かう。

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寒さに耐えかねて、港北PAでもつ煮込み丼。
シンプルとは真逆に位置する丼で今日のシメ。これはこれで、悪くない。
本日の走行距離410km。春の伊豆はやはり良い。

 

 

 

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