温泉のはなし

歳を追うごとに温泉が好きになっていく。泉質がどうとか詳しいことはわからないが、冷え切ってこわばった身体を解凍する、あの瞬間がたまらなく好きだ。声のひとつも漏れる。

何年か前にたまたま入った温泉が忘れられなくて、いつかもう一度訪れてみたいと思っていた。
長野県、奥蓼科渋温泉「渋・辰野館」がそれで、ビーナスラインと分岐する細く長い県道を、標高1,700メートルまで駆け上がると辿り着く、重厚な門構えの温泉宿だ。

IMG_1584

100年の歴史ある様々なしつらえは、鄙び方もまた良くて、偶然紛れこんだ僕の心は踊った。入浴料は日帰りにしては高かったけど、湯花がたっぷりと舞うあの濃い薬湯を思えば、それも納得できた。

IMG_1586

辰野館には湯が3つあって、宿の男性の説明では、順に全部入ってもらいたいとのこと。それが湯治なのだと。湯をハシゴするには都度体を拭き服を着て、廊下を渡って次へうつるのだから、説明を聞きながらも面倒なシステムだなと思った。

でも実際にやってみたら、これがなんとも忘れられない。
湯も浴槽も、今まで入った温泉の中で一番印象強く残っている。

 

DSCF0001

久しぶりに晴れた日曜日、思い立ってこの温泉に向かうことにした。紅葉も見頃だろう。
セロー225を出して、お散歩日帰り下道旅。往復400キロの下道は、お散歩と呼ぶには少々過酷であるが、前日はワイドグライドで三浦半島を走っていたこともあって、セローに乗ろうと思った。あとから考えればマシンのチョイスが逆である。

朝7時半に出発している時点で計画に無理が生じている。
とにかく、甲州街道を西に向かって突き進んだ。装備は完全に冬仕度。その日は朝から凍える寒さで日中でも13℃、山道の掲示板では6℃を表示していた。ついに冬がきた。温泉に入るための冬がきたのだ。ひゃっはー。

DSCF0005

昼の時点で甲府。まだ半分の距離である。しかも眠い。
考えないようにしていたのだが、蓼科は遠すぎるのではないか。道の駅「甲斐大和」でごろ寝。何度か書いたかもしれないが、甲斐大和にある東屋は絶好のごろ寝ポイントで、いつもここで寝てしまう。日差しが気持ちいい。山の木々もだいぶ色づいていた。

DSCF0018

DSCF0021

15分ほど気絶して、さてと現実的に考える。今は陽が暮れるのも早い。さっくりと予定変更して、辰野館はまたの機会にあらためる。調べたら「ほったらかし温泉」がここから20キロほどだったので、何年かぶりに向かってみることにした。

IMG_8782

フルーツ公園を突っ切って、ほったらかし着。
今では観光バスもとまる有名温泉になっちゃって、以前見られたような妖しさは随分なりを潜めた。いつの間にか二輪専用パーキングができている。お客さんもいっぱい。綺麗な新築の休憩所が二棟も建っていて、券売機にロッカーに売店に、全然放っておいてくれん。
前回は「あっちの湯」だったので今日は「こっちの湯」へ。

風呂上がりに食事を取ろうと思うも、売店には長い列。水だけ飲んで出発する。こっちの湯はあっちの湯よりも渋い感じで、眺望や湯船の大きさは劣るけど気持ちが良かった。初めて来るならあっちをお勧めするが、今日の僕の気分ならこっちで良い。あっちこっちって分かりづらいなあ。

 

IMG_E8787

山からの道を下りて、ほうとうの文字を発見。山梨に来たらほうとうでしょう、ということはほとんどなくて、僕はあまりほうとうを好んで食べない。いつもの僕なら隣接する蕎麦屋に間違いなく入るのだが、この日はなぜかほうとう気分。
歩成」という名のともすれば人生考えてしまうような屋号の店に入る。メニューには「黄金ほうとう」とあった。大きく出たな。

IMG_8785

はたしてほうとうは旨かった。こんなにほうとうを美味しいと感じたのは初めてかもしれない。山梨ワイン豚の味わいが、またしみじみ旨い。

誤解を恐れずいえば、ほうとうの麺は小麦粉の団子を食べているようで、小麦粉の団子が決して嫌いなわけではないが、それが麺状であるためにどうも喉を通らず、戸惑っているうちに腹一杯になる食事という少しネガティブな認識であったのだけど、黄金ほうとうはそんな僕の思い込みを覆した。バランスも食感も味も良く、旨かった。汁も残さず完食。

ごちそうさまと言って店を出る。
時刻は15時、家路に向かおう。スマホの地図を見て(マップル忘れた)、奥多摩湖を経由して帰ることに。

DSCF0034

R411を丹波山を抜けて渓流を横目に走る。今年は満足いくサイズを釣ることができなかったな。渓流釣りはすでにひと月前に禁漁である。陽の暮れかけた山道の空気は冬のそれだった。帰り着く頃には身体の芯まで冷えて、たまらず家の湯船に飛び込んだ。思わず声が出た。
「あっちに負けてないなあ」と思った。

 

 

 

1件のコメント

  1. 久しぶりのnovotel novel。
    楽しまさせていただきました。
    やはり週末は晴れないと ですね。
    筆運びも滑らかに進みませんね。
    キャンプ納めもできず、もんもんと過ぎ去った10月。
    明日は箱根あたりで峠納めを楽しんできます。

    • RYOさま

      箱根かぁ、そういえばしばらく行ってないなあ。もうすっかり冬でしょうね。冬は寒くて嫌だけど、あの乾いた排気音は冬ならではの気持ち良さですもんね。僕ももう少し走ろっと。
      コメントありがとうございます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。