プレイグラウンドのご乱心

連日の暑さから渓流釣りにも足が遠のいていて、川に行けばいくらか涼しい気分も味わえるのではと思うものの、思うだけで一向に腰は上がらない。まったく暑い、それに尽きる。

それでも普段は使ったことのない良さそうな毛鉤を手にいれて、いくらか暑さが緩んだ日曜日に、早起きしていつもの道志川に向かった。

道志川支流、櫓沢川。

もう何度もセローでかよった小渓である。道志川本流の幅広な渓相とはかなり異なっていて、山岳渓流と呼ぶには少し大げさだけど、多少のゴーロや倒木を超えながらリバートレックしていく渓である。岩も大きいものになれば自分の背丈をはるかに超えて、表面は苔むして滑りやすい。

いつも単独行なので、細心の注意を払って進むんだけど、一度大きな岩場で足を滑らせてそのまま倒れ、腰を強打したことがある。靴底がフェルトでできたウェーディングシューズを履いてはいるが、それだって万能ではない。わずかな体重移動の拍子に足元がすくわれると、もうなす術がない。そこが平らであることを祈ってできるだけの受け身を取るしかないのである。コーナーでフロントタイヤがすっこ抜けて、なす術なく地面が迫ってくるアノ恐怖と同じだ。

幸いその時は岩が平らで、強い打撲痛程度で済んで釣れないこともあってそのまま納竿したのだが、これはいつかやっちゃうかもしれないなという漠然とした恐れだけは残った。仮に足首を折ったりでもしたら、1人で山を降りるのも難儀だろう。
嫌な予想は当たるもので、そもそも予想できたのに対策を講じない自分も悪いのだが、ついにやってしまった。

新しい毛鉤の反応は悪くなく、瀬で一匹乗せきれずバラして、よし気を取り直してもういっちょと倒木を越えようとした時である。足元の岩がゴロッと動いて僕の体は自重を支える場所がなくなった。なんでもないところでバランスを崩し、斜め前方に倒れ込んだ。やっちゃった、と倒れた瞬間頭の中では思っていて、せめてこの胴体着陸が穏やかなものであってほしいと願うだけであった。

ガシャっともバキッともつかない音がして、受け身をとった両手に痛みが走った。
特に左手の薬指と小指はついた拍子に逆にそってしまい、瞬間的にしまったと思った。右手に持っていた竿は、岩と僕の体重でテコの原理で根元から折れた。それが右手の小指にも当たって痛みがあった。右臀部にも痛みがあったがともあれ、左手がまずいなと思った。

急いで手袋を外して(買ったばかり)指輪もしていたので外した。みるみる腫れてくる。この酷暑でも川の水は冷たくて、そのまま気を落ち着けて20分くらいは冷やしていた。いつもの脱渓ポイントまではまだ半分を残しており、このすぐ先が良いんだけどなという悔いが残って、倒木を超えて折れた竿を何度か振った。魚は食いつかなかった。

諦めて水を飲んだり、折れた竿をしまったりして気持ちを落ち着かせ、渓流から崖を登って林道に上がることにした。左指は動かすとズキッと痛んだが、動くんだから折れてないでしょと思った。ちょうど良いところに上がれそうなルートを見つけて無事に渓流を出た。セローまで戻って帰り支度をしながらも、バイクが運転できるのか思案した。アクセルならなんとか撚れただろうけど、クラッチを引くのはなかなか辛い。激痛である。

とはいえ、乗って帰る以外他に方法はない。バイクを置いて電車で帰り、後日引き取りとか面倒なことは御免なのである。

クラッチの構造を知ってる人ならわかると思うが、走ってる時のシフトチェンジは、きっかけさえ作ってやればクラッチを切らなくても出来る。アクセルを瞬間的に戻してシフトチェンジする、それだけ。
エンデューロレースでは、毎回きっちりニギニギしてたら腕がすぐアガってしまう。体力の消耗を避けるために、クラッチは切らないかチョンと軽くあてる程度にすることは普通にやるテクニックである。

走ってる時はそれで良いものの、止まった時はそうはいかない。やっぱり切らなくちゃ。半クラとか拷問だな。

親指、人差し指、中指で少し握ってみる。ズッキーン!痛いよね。痛いのは我慢できても、とっさの時力が入らないと危ない。まあでも、ブレーキはかけられるか。止まれるなら大丈夫。痛くて指は握れないので、手を開いたままの2本掛けでどうにか帰る。した道で渋滞もいくらかあったけどなんとかなった。竿と心は折れても骨は折れてないと思ってたから。

 

「うん、折れてるね」

翌日、整形外科に行ってレントゲンを撮ったらこう言われた。人生初の骨折(知る限り)。
左手薬指中手骨骨折。指が逆にそった勢いで甲の骨が折れた。調べたら折れやすい骨らしい。

「早く治したいなら手術ってのもありますけど。ギプスで良くない?」
「良いです良いです」

開いてボルトとか嫌である。

「骨ってどのくらいでつくんですか?」
「ひとまずギプスはひと月くらい着けてください。骨がくっつくのはもっとかなあ」

僕の夏は失われたのだろうか。ギプスをつけてまだ1週間。

 

 

 

 

1件のコメント

  1. なんと!道志川いいなと思ってたらそういう事故があったんですね。折れたまま自宅までバイクで帰られたなんてタフすぎますね!
    この暑い時期にギブスだとはかなり大変そうですが、治るまでは無理なさらないでください。
    お大事になさってください。

    • nmindさま

      コメントありがとうございます。
      そうなんです。やってもうたって感じです。お恥ずかしい限りで。まだ左手だった事と、今のギプスは樹脂?みたいな感じで、外せるのがせめてもの救いでしょうか。休みでもバイクに乗れないし、もうやけ酒です(笑)。この後も友人と一杯、アルコール消毒します。

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