ゴロー巡礼 ~ 肉欲編

 今期のボーナスが絶望的だと知って、半泣きでバイクにまたがる。

こんな時は肉を食べたい。野性味あふれる肉らしい肉にかぶりついて、なにもかも忘れたい。ふと「井之頭五郎」のことが頭に浮かぶ。『孤独のグルメ』(扶桑社文庫)。ドラマ化されて有名になったグルメ漫画だが、僕はドラマ化される前からこの淡々としていると言えばこれほど淡々とした話もない、中年男の「思ったよりうまかったな」という心情を吐露しただけの漫画のファンであった。五郎は個人で雑貨輸入商を営んでいたから、きっとボーナスに対する期待も憤りも、自己憐憫も無いだろうな。

ちょうど前回の放送だったと思う、劇中で五郎は肉を食った。五郎はよく肉を食うのだ。千葉県いすみ市の「いすみ豚」だ。

いすみ豚については以前キャンプした時に食べたことがあって、美味しいことはわかっていた。よし、あの豚を食べにいこう。この打ちひしがれた心に豚の活力を注入するのだ。我ながらミーハーだとは思うが、劇中に登場したいすみ市大原にある「源氏食堂」に向かって走り出したのは11時近くになってからだった。

京葉道路から乗り込んで千葉東金道路、九十九里方面へ。
このうえない小春日和。でも空気はすっかり冬のそれである。乾いた排気音が気持ち良い。
海岸線まで出てR128を南下する。大原漁港を右折し大原駅へ。少し迷いながら駅前のロータリーをひと回りすると、線路沿いになにやら人の群れ。どうやらあの店のようだ。出遅れた感でいっぱい。オートバイを停められる場所がなく、ひとまず駅をあとにして、近くのスーパーの駐車場に失礼。14時到着。

再び歩いて店に行くと、7人ほどの列。僕はならんでまで食事をするということを好まないが、だからといって駄々をこねて割り込むわけにもいかない。僕はいい大人なのだ。ここまで来て食べないわけにもいかないから最後尾につく。なあに、赤羽の讃岐うどん「すみた」や北海道の丼もの「味さき」の列に比べたら、7人くらいどうということはない。

劇中での話のとおり、そもそも肉屋が営む食堂のようで隣では精肉を販売している。最後尾の僕は少し列を離れて、ショーケースの中身を視察に行く。ロース、ヒレ、トンカツ用、味噌づけ、バラ肉、ふむ。肩ロースは売り切れか。100g 200円程度で安い。少しばかり牛肉や鶏肉もあるが、やはりここは豚だろう。
よし、まずは食堂で「ぶた肉塩焼きライス」の上をいただいて、それから土産の物色だ。もはや五郎のセリフなのか自分の気持ちなのかわからぬ。共感を飛び越して僕は五郎と一体になった。
再び列に戻る。

作戦は完璧。精肉の方もまだ在庫はあるようだから、食べ終わったあとでも買えるだろう。ぶた肉塩焼きライスが頭に浮かぶ。一日千秋の思いとはまさにこのことか。

「あのー、すみません」
「はい」
「今日の分は、ここでおしまいみたいなんですけど」
「はい」
「ここで」
「はい?」
「すいません・・・」

 

「え?」

 

「え??」

 

僕の前に並んでいた3人組のお姉さん方が申し訳なさそうにそう言ったが、「ここで」の部分では自分の後ろに明確なラインを引いた。

「ここで」

半泣きで精肉部門。
トンカツ用のロースとヒレを少し買って、東京から来た旨を話し氷を入れてもらう。
「遠くから来たのにすいませんね。テレビってのは、恐ろしいですわ」

駐車場に戻る。時刻は15時を回った。俺は腹が減って死にそうなんだ。

焦るんじゃない。俺は腹が減っているだけなんだ。

地図を見るとR128をもう少し南下したところに店発見。その名も「レストラン128」
いちにっぱ?

正しくは「one two eight」だった。この時間なら無理もないが、一台も停まっていない駐車場に乗り込み、客のいない店内に入った。いらっしゃいませの声で迎えられ席に着く。ぶた肉塩焼きライスの頭を切りかえて、僕は水をひとくち含んでからメニューに目を落とした。

 

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