SSTR2015 宿泊 ~約束の地

 

4月の雨、寒い。
SSTRの参加者が700人を超えたそうだ。近隣の宿泊施設はオーバーフロー。キャンプ場もいっぱい。僕も宿の手配に一日出遅れたら、主要な宿はすっかり埋まってた。テントはベタついて使えない。仮に使えたとしても、今回は荷物を減らしたいのでキャンプはしない。仕方がないのでゴールから40kmほど離れた、富山県高岡市に安い宿を取った。ゴール後は少し大会の余韻に浸ってから、さらに40km来た道を戻らねばならない。翌日に表彰式やイベントもあるようだが千里浜には戻らず、素直に帰路に向かう予定。これはもうすでに、普通のツーリングではあるまいか。

さりとて特に不満はない。土地勘がないので高岡で良かったのかはわからないが、金沢では方向が逆であるし、能越自動車道の無料区間が延びているし、なんとなく街に居酒屋がありそうなので決めた。僕はツーリングしたあと街に出て、地元の居酒屋でビールをあおりながら、一日を振り返るのがたまらなく好きなのだ。

高岡市に土地勘はないのだが、能登半島へは三年前に1週間ほど旅をしたことがある。その時に、千里浜のなぎさドライブウェイも走った。テント泊しながら半島を時計回りに回った。その日も北端のキャンプ場で幕営し、海で泳ぎ、ビールを飲みながらつまみをつついていた。今も昔もやることはあまり変わってないということだね。明日はどこを走ろうかなんて考えている時に、電話が鳴った。嫁さんから、お祖母ちゃんが亡くなったとの知らせだった。

義祖母は優しくて粋だった。昔の人なのに洒落もわかるし、ニッカリと笑ってピースする可愛いさと曲げない頑固さとを併せ持ち、それでいて高齢ではあったけど、いつまでも女性の恥じらいを身にまとっているような素敵な人で、初めて会った時から僕を孫だと言って可愛がってくれた。大阪の自宅で静かに息を引き取ったそうだ。旅を切り上げて、帰らねば。大阪に行かなければ。

石川県からなら直接大阪に向かった方が近い。でも僕はそうせず、2日かけて一度東京に戻り、その足で新幹線に飛び乗った。なんだか、遊びの余韻を引きずったままバイクで向かうことが出来なかった。能登島にも渡るだけはしたが、能登半島の右側半分は、駆け足で通りすぎただけだ。旅は半ばで終わったが、お祖母ちゃんを見送ることができて良かった。

能登半島というとこの旅と、お祖母ちゃんのことを思い出す。
いつか、半島の右側もゆっくりと旅したいが、今回もとんぼ帰りになりそうだ。

 

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