のどが旨いと鳴いている

 

手打ちうどん「すみた」の店先には、すでに20人ほどの列ができていた。土曜日の昼下がり。人気店ともなれば珍しいことではないのかもしれないが、まいったな、という思いもあった。普段の僕なら、食事をとるために並ぶという事をほとんどしない。だけど今日は、代案など持ち合わせていなかった。

昨夜、『プロフェッショナル 仕事の流儀』を観てから、讃岐うどんが食べたくてたまらない。それも、とびきり旨いやつを。矢も盾もたまらず、香川までバイクを走らせたと言うなら聞こえも良いが、僕がしたのはせいぜい関東で旨いうどんを探したことだ。赤羽に、東京一旨いと評判の店があるというので、セローで向かうことにした。久しぶりに書いた話が、ちっとも旅してなくてなんとも心苦しい限りだ。

セローを道ばたに停め、列の最後尾に並ぶ。若いカップル、子供連れの家族、女性のおひとりさま、男性のおひとりさま、女性のおふたりさま、派手なウェアの自転車乗り。20人の隊列は、待つことにいささかの迷いも無いようだ。もしかしたら皆、仕事の流儀を見たのかもしれない。だから僕も覚悟を決めて、順番を待つことにした。地味なウェアのバイク乗りが加わった。

並びながら注文を考える。麺のコシをしっかり味わいたいならひやひやか。でも今日は少し肌寒い、あつあつにちくわ天も捨てがたい。いりこの利いた温かい関西出汁をすすれば、その旨味がじんわりとしみ渡るに違いない。いっそざるにして、天ぷらを別添えでいただくというのも趣がある。まるでうどん通のように書いているが、語れるほど食べ歩いているわけではないんだよ。丸亀製麺で満足できる程度と思っていただいて差し支えない。

15分経ってもほとんど列は進まなかったが、30分待ってあと5人までこぎつけた。並び始めてから45分、いよいよ店内に通された。中はそれほど広くない。カウンター席に4人、4人掛けのテーブルが二卓。僕はカウンターに通されて、妙齢の女性がすぐに注文を取りにくる。インターバルを経て心はもう、決まっていた。

「なにしましょうか」

「かしわざるをひとつ、お願いします」

「はーい、かしわざるいっちょねー。以上でよろしいですか?」

以上でよろしいか?これ以上、何かあるのか。

「はい、以上 で」

周りをこっそり見回すと、おでんをつまみながらうどんを待つ客がいた。なるほど、おでんも有名なのかもしれない。

15分ほど待って、かしわざるが運ばれてきた。
「かしわ」とは鶏天のことで、これと野菜天(今日はピーマン)がひとつ添えられた、ざるうどんである。

うどんの表面はつやつやと美しく輝いていて、のどごしの良さが容易に想像できる。つゆに鼻を近づけると、出汁の良い香りがぷんと匂い立つ。薬味をつゆに溶いて、一口目を勢いよくすすりあげた。

まず舌触りの良さと、出汁の旨味が口の中に広がる。麺に歯をあてると、わずかな抵抗のあと初期でしなやかに沈み込み、奥へいってさらに粘る感。まるで、優れたサスペンションのようだ。かしわ天も良い。軽くレモンを絞り、揚げたての熱々をつゆに浸して頬張る。二口目をすする。ピーマンのほろ苦さと出汁の甘みが追いかけてくる。三口目、四口目、五口目。気がつくと僕は夢中になって食べていた。

ごちそうさまと言って店を出る。
東京一の文句は伊達ではなかったと思う。少なくとも僕はそう思う。旨いものを食った。すっかり良い気分でセローにまたがり、何だったらこのまま行けるところまで行ったろかいなと、環七をひた走った。

 

手打ちうどん すみた 東京都北区志茂2-52-8

 

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