週末ちち部 ~ ちんばたの豚みそ丼


 

国道から逸れた高台をくねくねと上る坂の途中に、ちんばたはあった。
ちんばたの店名が「亭端」と書くことは、店に着いてからわかった。なかなか粋な名前だなと思った。

亭(てい、ちん)は雨宿りしたり休憩したりする東屋のことで、すなわち亭端とは「路傍の休憩場」とでもいった趣なのかもしれない。知ったふうに書いてはいるが、あるいは僕の想像だけで、まったく的外れなのかもしれないが。とにかく僕は秩父にあるこの店に、豚みそ丼を食べに向かった。関東が梅雨入りする直前の、週末のことだ。

僕は四十歳を過ぎた頃から、よく秩父に走りに行くようになった。西への道は渋滞がひどく、それまであまり足が向かわなかったが、それすらもまぁ仕方なしと思えるようになると、秩父の楽しさや奥深さを知るようになった。清流を泳ぐ鮎のように、R299の山間をゆったりと流すことは楽しかったし、少し山に分け入れば、興味深い林道もまだたくさんあった。その日もセローでふらふらと散策し、昼時になって思い出したように向かったのだ。

豚丼といえば帯広が浮かぶが、豚みそ丼といえば秩父のご当地グルメ。有名な「野さか」はいつ行っても順番待ちの人でごったがえしている。さらにいえば「売り切れ御免」のことわりも無情に貼ってあったりして、僕にとってはいささかハードルが高すぎた。さんざん待ったあげく、斬り捨て御免されては気持ちのやり場に困る。それで、豚みそ丼界の双璧を担う(かどうかは知らないが)ちんばたが頭角を現した。

 

良く言われるところの、古民家風の店である。客の入りは八割方といったところで、並ぶこともなくすんなり入店。

メニューは豚みそ丼しかないのかと思っていたが、むしろ雰囲気の良い飲み屋だったようで、多種多様のメニューが並んでいた。できれば夜に訪れたいくらいだ。高台にあるこの店まで、飲みに来るならタクシーか。まずどこかに宿を取って・・・と妄想たくましくしていたが、注文を取りに来られて、夜の部はひとまず中断した。豚みそ丼(並盛)をオーダーした。
ややあって「お待たせしました」と豚みそ丼が運ばれてきた。

肉とみその焼ける香ばしい匂いが一気に立ちのぼる。はやる気持ちを落ち着けて、まずは味噌汁をひとくち啜る。豚肉でご飯を包みこむように箸にとり、一口目を頬張った。うまい。想像よりうまい。少しこげたところの香ばしさがまた食欲をそそる。豚の脂身もちょうど良い。二口目、三口目、お新香を放り込んで四口目、僕は目を閉じて豚を味わう。僕が豚みそか、豚みそが僕か、もはや区別できない渾然一体の境地。最後のひと粒まで食べ終えて、しばらく感傷にひたる。うまいものを食った。これなんだよ、僕が食べたかったのは。

ごちそうさまと言って店を出る。

マップルを開くと、近くにうねうねと蛇行する峠道がある。もしかしたら林道かもしれない。僕はセローのエンジンをかけて、淡い期待をこめて林道らしき道へ向かう。今度は大盛りを頼んでも良いと思う。

 

 

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