あなたのいない右側に ~サイドナンバー考

そのカフェバーは、中野サンモールからすこし入った、狸小路の三叉路にひっそりとあった。キャバクラやパブのネオンが灯る、猥雑さと郷愁の立ちのぼる路地を抜けて、雑居ビルの鉄階段を3階まで上っていってはじめて、そこが入口だとわかる。よく言うところの隠れ家的な店ではあるが、隠れすぎてバーであることに気づかないのではないか。店内に入ると、外の世界からは想像できない、シックなカウンターが目に入った。カウンターの背後に並んだ酒瓶の数はなかなかのものではあったけど、いわゆるオーセンティックなバーではなくて、もう少し肩の力の抜けた、カジュアルな店だった。一件目の居酒屋から流れ着いた僕たちが、初めて扉をくぐる店として、それは心地よい力の抜け方だった。

僕はカウンターに腰かけ、2杯目のウイスキーソーダをすすりながら、そろそろ真剣に考えなくてはいけないと思っていた。なにをって、もちろんサイドナンバーについてである。隣の席には奥さんがいて、彼女もまた、飲み慣れないシェリー酒なんかを楽しんでた。その店はシェリーを豊富に揃えていて、まったく門外漢の僕たちは、カウンターの向こうの女性バーテンダーのシェリー談義に、ふんふんと相づちを打っていた。相づちを打ちながらも僕は、テールランプとサイドナンバーをどうするか、考えないわけにはいかなかった。

4月からの法改正で、これまでグレーゾーンだったサイドナンバーが違法となる。正しくいえば、ナンバーを縦に付けると白バイにお金を巻き上げられるという事態が発生する。きっと、カスタム業界も多少はザワついているに違いない。炯眼なるバイク乗りのアナタには、すでにご承知のことだと思うから詳細は省くけど、つまりは僕のハーレーも、可及的速やかに対策が必要だということだ。

なにかの折りに書いたかもしれないが、僕のワイドグライドはHIDE motorcycleのサイドナンバーが付いている。これをすっぱり廃止して、テールランプも新しく用意して、センターに付け直そうと思う。僕をチキンだと笑いたければそうすると良い。でも、移設することに迷いは無かった。そもそも僕は、テールランプとナンバーが、オートバイのセンターにあるのは好きなのだ。もちろん、サイドナンバーは好んでそうしていたのだが、旅の荷物を積むのに具合の悪いこともしばしばあった。だから、良い機会とも思えた。

塩気の利いたベーコンをつまみ、軽く火を通しただけのみずみずしいパプリカをかじる。奥さんのシェリーを拝借して、少量口に含む。芳醇な甘い香りが口に広がり、鼻に抜ける。うまい。デザートのような酒だが、しつこくない。女性バーテンダーはベネンシアと呼ばれる柄杓のような道具でシェリーをすくい、こぼすことなく優雅に注いだ。ああやってデキャンタするのか。黄金の柄杓から注がれる液体は弧を描いて、グラスに吸い込まれていく。僕は空になったグラスをカラカラ回し、ぼんやりとそれを眺めた。

移設することは決めていたが、テールランプの種類に迷う。角度や位置に迷う。シートとのマッチングに迷う。こだわるべきだと思うが、うまく合う気がしない。そして何より、面倒だ。パーツは気に入ったものでなくてはならない。それ以上に、調和したものでなくてはならない。主張しすぎない普通のものが良い。控えめなバーテンダーの物腰のように。邪魔することのない、みずみずしいパプリカのように。

ああ、少し酔ったのかもしれない。もう一杯、新しい酒を頼むか迷う。迷える子羊だ。迷った挙げ句、僕たちはネルドリップコーヒーを飲んで帰った。

 

カテゴリー: WG

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