古いものと新しいもの

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もつ煮込みの煮汁が長い年月の間に、柱に染み付いているような店だった。木造の建物は至るところが茶褐色で、趣があった。店員の女性はくるくると忙しく動き回っていて、テーブル席では仕事を終えたサラリーマンたちが笑い声をあげている。僕はカウンター席に腰かけてホッピーの中をおかわりし、甘辛いタレの効いたもつ焼きをかじった。

宙を舞う煙草の煙、喧騒と混沌。
これぞ居酒屋というその店が、僕は好きだった。その店の持つ雰囲気で心地良く酔えた。実際、良く繁盛していたと思う。近所にそんな店があることも幸せなことだと思った。

 

都市開発のあおりをもろに受けて、古い建物だったもつ煮込みの店は取り壊された。開発が無かったとしても幾分傾いてるような店だったから、いつかはそうなったのかもしれないが、僕にとっては寂しい思いだった。歴史ある建物には違いないが、重要文化財に指定されるレベルではない。中途半端に古い建造物は単なる老朽化として、その役目を終えた。1年以上も前のことだ。

 

その店のことをなんとなく思い出しながら、カチカチになったDTのグリップに触れた。古くなったゴムは硬化して、手のひらが痛い。ゴムが弾力を失って硬くなるのに、37年の歳月は充分すぎた。新しいものに換えて、吸い付くような感触を取り戻そうか。WR用に買ったYAMAHAの純正グリップが思いのほか感触が良く、あれに換えても良いかもしれない。

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だけど、僕は思い直してやめた。
思い出そう、このグリップはあの店の茶褐色の柱であり、薄ぼけたテーブルなのだ。グリップも、フロントフォークも、ひび割れたシートも、長い時間の層が折り重なってここに存在する。歳月の重なりはただそれだけで愛おしい。重要文化材になり得ないDTは、誰かが維持しないとその役目を終える。

古いオートバイでレースするということ、これは思ったより深い遊びなのかもしれないな。僕は硬いグリップをもう一度つけ直して、ワイヤリングした。

 

 

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